土地利用型農業では、冬期の作業が少なく、労働者の通年雇用が難しい経営体が多くみられます。しかしこうした中でも、変形労働時間制を採り入れながら、通年で正社員を雇用している経営体が増えています。この度、変形労働時間制の内容と留意点について、以下のとおりご紹介します。
1.変形労働時間制の内容
(1)労働時間の限度
労働基準法では、労働時間・休日について「1日8時間・週40時間が限度」「毎週1日以上の休日付与」と定めています(労基法32条)。もし、これを超えて労働させる場合には、①労使協定(労基法36条に定められ、通常36(サブロク)協定とよぶ)の締結・届出と、②割増賃金の支払いが義務づけられます。
(2)法定労働時間と所定労働時間の違い
限度となる「1日8時間・週40時間」を法定労働時間と呼びますが、これとは別に会社が就業規則等で決める自社の労働時間のことを所定労働時間と呼びます。その結果、所定労働時間の時間数を働けば、基本給が支給されることになります。当然ながら、法定労働時間を上回る所定労働時間の設定は許されません。
(3)変形労働時間制とは?
変形労働時間制とは、一定の期間内で平均した所定労働時間が法定労働時間を超えていなければ、割増賃金の対象として扱わないとする制度です(労基法第32条の2~5)。労働の繁閑の差を利用して、労働時間の柔軟性を高めることが可能となり、一般的にも広く使われている制度です。
変形労働時間制には、業務の内容等に応じて「1か月単位」「1年単位」「1週間単位」「フレックスタイム制」がありますが、制度導入にあたっては、原則として労使協定の締結や労基署への届け出等の手続きが義務づけられています。
2.農業における変形労働時間制
(1)農業における労働時間・日数の特性
農業では労働時間・休憩・休日について労働基準法の適用除外となっているため(労基法41条)、1日や1週間の所定労働時間ならびに休日の日数を自由に設定することが可能となっています。したがって、法定労働時間を上回る所定労働時間を設定しても(例えば1日9時間など)、違法にはなりません。
ただし、農業であってもいたずらに労働時間増やすのではなく、所定労働時間を法定労働時間どおり「週40時間」(またはそれ以下)に設定している経営体が年々増えています。これは人手不足の状況が続き、他産業を下回るような労働条件で優秀な労働力を確保することは困難なことから、所定労働時間や休日を労働基準法の規定に近づけるようにしているためと考えられます。
(2)変形労働時間制の準用
季節や月によって繁閑の差が大きい業種が導入している「1年単位の変形労働時間制」は、農業(特に土地利用型)でも準用しやすいと考えられます。
変形労働時間制は、法定労働時間の例外的な規定であり、本来は労使協定の締結や労基署への届け出等の手続きを義務づけていますが、農業はそもそも労働基準法における労働時間規制は適用除外とされているので、これらの手続きは不要です(そのため「準用」としています)。
3.変形労働時間制の具体的な設計
(1)シンプルな変形労働時間制
農繁期と農閑期が比較的はっきりしているときは、季節や月によって所定労働時間に差を設けることで、労働力が平準化され、効率的な運用が可能になります。
最もシンプルな変形労働時間制は、年間を農繁期と農閑期に大きく二分し、それぞれの所定労働時間を設定するもので、以下のような設定が考えられます。
- 繁忙期(4月・5月・6月・7月・9月・10月の6ヶ月間)
始業・終業時刻 | 休憩時間 |
始業 8時30分 | 10時00分~10時15分
12時00分~13時00分 15時00分~15時15分 |
終業 18時00分 |
1日の所定労働時間は8時間とする。
- 閑散期(上記(1)以外の期間)
始業・終業時刻 | 休憩時間 |
始業 9時00分 | 10時00分~10時15分
12時00分~13時00分 15時00分~15時15分 |
終業 16時30分 |
1日の所定労働時間は6時間とする。
(2)月別に労働時間を設定する変形労働時間制
1年を平均して1週40時間(法定労働時間)となるように設定すると、年間の所定労働時間は、約2,085時間(1年間の週数52.14≒365日÷7日×40時間)となります。この総労働時間を、年間の仕事量に応じて按分し、各月の所定労働時間を決定します。たとえば繁忙期は220時間、閑散期は120時間というように、各月の所定労働時間を自由に設定することが可能となります。
<1年間の所定労働時間を2,085時間として各月に振り分けた例>
月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 合計 |
所定労働日数(日) | 17 | 20 | 27 | 25 | 25 | 24 | 23 | 20 | 26 | 27 | 23 | 23 | 280 |
所定労働時間(時間) | 102 | 150 | 216 | 200 | 200 | 180 | 162 | 160 | 205 | 210 | 160 | 140 | 2085 |
年間の作業計画をもとに各月の予定表を組みますが、毎月の出勤日はなるべく早い時期に(たとえば1か月前)決定し、労働者に通知するようにすべきです。
賃金については、所定労働時間に大きな差があっても月々の額は一定にする必要があります。したがって、月額所定賃金(基本給)は、1時間あたりの単価×年平均1か月所定労働時間(173時間≒2,085日÷12月)とします。仮に時間単価を1,000円とすると月額基本給は、173,000円となります。
なお、各月の所定労働時間を超えて労働させた場合には、時間外労働となり残業代の支給義務が生じることになります。このケースでは、1時間の残業に対して基本給と同じ単位時間額1,000円を支給します(他産業並みに25%の割増賃金とする場合は、1,250円)。
以 上